焚書の発令を前に、秦国では民間人と官吏の衝突が起き、事態の収拾がつかない郡県まで出始めていた。始皇帝の長子・扶蘇は国の行く末を案じ、始皇帝に焚書を中止するよう諫言するが、扶蘇が国の統治を理解していないと見た始皇帝は、彼を鍛え直そうと、北方に駐屯する将軍・蒙恬(もうてん)のもとで軍を監督するよう命じる。ついに焚書が命じられた。先賢の書は30日のうちにことごとく押収され燃やされた。また、儒者たちは生きながらにして穴埋めにされた。世に言う「坑儒」である。始皇帝暗殺の準備を進めてきた張良(ちょうりょう)は、倉海君(そうかいくん)らと共に巡幸の列を待ち伏せ奇襲をかける。秦側は皇帝の叔父が身代わりに亡くなるが、始皇帝は無傷で暗殺は失敗に終わる。秦の将軍・章邯に追いつめられた張良は、崖から飛び降りる。ある日、東郡(とうぐん)郊外に隕石が落ちる。視察に出かけた始皇帝が目にしたのは、隕石に彫られた「始皇帝が死に領土は分裂するだろう」という文字だった。怒った始皇帝は周辺100里の住民、家畜を皆殺しにし土地を焼き払う。劉邦が家で文字を学んでいると蕭何が訪ねてくる。朝廷から労役の命令が下されたので、10日以内に100人集めろと言われ劉邦は困惑する。

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