遅冕(ちべん)から崇信(すうしん)に会わせるという連絡を受けた晨曦(しんぎ)は、言われたとおり1人きりで出かける。しかし、遅冕は晨曦を趙高のもとに差し出そうともくろみ、宮中の片隅の小屋に閉じ込め鍵をかける。早速、趙高の屋敷を訪れた遅冕だったが通された部屋には崇信が潜んでいた。崇信は、晨曦の居場所を聞き出すと遅冕を殺し、救出に向かう。 その頃、章邯(しょうかん)は軍営で項梁(こうりょう)を討ち取るための計略を立てていた。一ヶ所に全軍が駐屯していると見せかけて密かに二手に別れ、項梁軍を定陶におびき寄せて包囲するというものだった。 項梁に謹慎を命じられた項羽(こうう)だったが、こう着状態が続く戦場に旗印を掲げて姿を現す。すると、その姿を見た秦兵は恐れをなし直ちに降伏してきた。項軍の損失が軽減されることから、"降参せぬ者は殺す"という掟を禁じる必要はないと考える項梁に対し、范増は、天の道に背く行為は始皇帝のやり方と同じだ、それでは民意を得られないと諭す。 項軍の一兵卒となった韓信(かんしん)は章邯の計略に気づき、項梁に訴えるも相手にされなかった。項梁は、軍営を訪れた宋義に慢心してはいけないと諭されるが聞く耳を持たなかった。 項梁の命令で定陶へ向かう劉邦(りゅうほう)のもとに、項梁が定陶で挟み討ちに遭ったと知らせが届く。

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