英布(えいふ)が范増(はんぞう)のもとに食糧が不足していると報告に来る。秦兵十数万人を捕虜にしたためで、この問題は項羽(こうう)にとって悩みの種であった。また、項羽は、章邯(しょうかん)と小競り合いを繰り返していたため、関中に向うことができず、劉邦(りゅほう)軍の動向を聞いては不安に思い始めていた。そんな時、陳余(ちんよ)が項羽の陣営を訪れ、章邯に降伏を促すべきだと話す。項羽は相手にしないが、陳余は范増の許しを得て章邯の陣営に向かい、章邯にかつての秦の名将の末路を説いて項羽軍への投降を勧める。章邯は陳余を追い返すが、ともに陳余の話を聞いていた司馬欣(しばきん)に説得され心が揺らぐ。司馬欣は項羽に使者を送り会談しようとするが、項羽は相手にせず真正面から章邯の主力軍を攻める。そんな中、胡亥(こがい)が趙高(ちょうこう)に追い込まれ自害したことを知った章邯は激しく怒るが、司馬欣に諭されて投降を決意する。咸陽(かんよう)では、趙高が、秦を王国に戻すこと、子嬰を新しい王に立てるが皇帝ではなく秦王と称すこと、胡亥の遺体は庶民として埋葬し陵墓に入れぬことなどを王族、大臣に告げていた。咸陽で偵察をしていた盧綰(ろわん)は趙高の手の者に捕らえられ、武関(ぶかん)に到達した劉邦軍は武関に誰もおらず秦国の旗も立っていないのを見て驚く。

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