韓信(かんしん)への不平を訴える樊カイ(はんかい)たちに蕭何(しょうか)は、韓信を推挙したのは自分であり漢が楚を倒し天下を平定するためには韓信の力が必要だと語る。韓信は燃えてしまった桟道(さんどう)を修復する作業にかかっていた。しかし、桟道の修復は実は陽動作戦だった。韓信は章邯(しょうかん)が桟道の修復に気を取られている隙に、別の道から密かに陳倉(ちんそう)方面へ部隊を送り込み奇襲をかけた。 陳倉を失った章邯は弟に好畤(こうじ)を守らせ、自分は廃丘(はいきゅう)にたてこもった。抵抗を続ける章邯軍と膠着状態になった韓信は、この難局を切り抜けるには南陽(なんよう)を守る王陵(おうりょう)を味方につけ、項羽(こうう)の援軍を阻むしかないと考え、王陵と古い友人である盧綰(ろわん)に説得を頼むが、盧綰は王陵など知らないと言う。困った韓信は劉邦(りゅうほう)に事の次第を話し、劉邦は機会を逃すと承知しないと盧綰を怒鳴りつけた。 韓王だった韓成(かんせい)は項羽から領地を与えられず、韓の地に戻れずにいた。韓成に寄り添う張良(ちょうりょう)のもとを盧綰が訪ね漢王の命で迎えに来たと言うが、張良はまだやり残したことがあると答え、韓王に項羽に韓の再建を願い出ようと提案する。宴の席で張良が項羽に韓の再建を願い出て項羽も承知するが、決して快諾したわけではないことを見てとった韓成は首を吊る。

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