全ての者に訪れる「死」——
90歳の気難しい現実主義者ラッキーがたどり着いた、ある答え。
神など信じずに生きてきた90歳のラッキーは、今日もひとりで住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。いつものバーでブラッディ・マリアを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中でふと、人生の終わりが近づいていることを思い知らされた彼は、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、去っていったペットの亀、「エサ」として売られるコオロギ——小さな街の人々との交流の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく。
■偉大な俳優へのラブレター
この作品の脚本は、ハリー・ディーン・スタントンのアシスタントであり古くからの友人であるローガン・ス パークスとドラゴ・スモーニャにより2015年に執筆された。作品の構想はアリゾナからロサンゼルスに向かう車の旅の途中で生まれた。友人であり師匠であるスタントンに捧げたいと、ふたりが彼から聞いた逸話をもとにアイデアを膨らませていった。俳優として活躍するジョン・キャロル・リンチは、15年来の友人だったドラゴから、当初ダイナーの店主ジョー役のオファーを受け、台本を読むことになった。この脚本を読みハリーと共演できることと、そして、「台詞のかけ合いだとか、キャラクターたち、コミュニティ感覚が気に入った。この小さな町は誰をも包み込んでくれる」とたちまちこの物語に惹かれ、リンチは参加を快諾した。その後、制作陣はハリーの友人に監督してほしいと思っていたが、その人物が多忙のため、リンチがかねてから監督をやりたいと知っていたドラゴはリンチに監督をすることを提案した。スパークスとドラゴ、そしてリンチの3人は一部を再構成して、新しい要素を書き足し、シナリオに肉付けをしていった。ある日突然、「自分はあと数週間、数か月しか生きられないかもしれない、数年、数十年なんてない」と思い知らされたラッキーというキャラクターはスタントンへの当て書きであり、ハリーの人生を参照にしている。映画の冒頭、ラッキーは行きつけのダイナーに入っていき、カウンターにいる店主のジョーに「ろくでなし(ナッシング)め」と言う。ジョーは「そっちこそ」と答え、ラッキーは「ありがとよ」と言う。これは、スタントンがロサンゼルスのアゴーレストランに行くたびに行われている、彼とそのレストランのボーイのやりとりからとられている。
■盟友デヴィッド・リンチの参加
脚本家のローガン・スパークスは、ハリーと長い付き合いを持つデヴィッド・リンチとエド・ベグリーの参加を実現させた。彼らの役も、それぞれの当て書きである。ジョン・キャロル・リンチ監督は、この作品に入れ込みとても協力的だったデヴィッド・リンチとの撮影について、素晴らしい現場だったと述懐する。「ハリーが脚本にあるシーンのことで苦労していたときがあって、私はなぜその台詞がそこにあるのか彼に説明した。ハリーは納得していなかった。現場ではよくあることだが、俳優が同僚の俳優に説明を求めたりする。今回は、それがデヴィッド・リンチだった。ハリーがデヴィッドに向かって言った『あんたはこれ判るかね』。するとデヴィッドが言う『分かるよ、ハリー』。ハリーは言う『こりゃいったいどういう意味だい』、デヴィッドは私を見て言う『話に入ってきてくれ』。彼はハリーの方を向くと、静かな同情を湛えながら言った『私は答える立場にないんだ、ハリー』。彼の敬意、私に任せてやろうという気づかいは嬉しかったね!ハリーはそのシーンを演じ、我々は次に進んだ」。最終的にこのシーンは編集の段階でカットされ、スタントンの判断は正しかったことが証明された。その他のキャストは、リンチ監督やドラゴ・スモーニャをはじめとしたこのプロジェクトの人々を介して、数珠繋がりのように決まっていった。
■名バイプレーヤー、初監督作への意気込み
かねてから監督をしてみたいと思っていたジョン・キャロル・リンチは、語り手として映画を研究してきた。「物語を理解するのは大事だ。だが、そこでその物語をリバース・エンジニアリング的な手法で解析することも必要になる。橋を例にとろう。橋を建造するには、それを建造するための機械を創り出さなければ ならない。それを映画という表現で行うのが監督やプロデューサーだ。そのプロセスを生み出し、機材や仲間の語り部たちを集める。彼らはカメラを用い、美術を設計し、衣装を作り、肉体と魂を用いて物語を紡ぐのだ。それら選択の多くは私にとって新鮮だった。だが私の語り部としての本能は登場人物や物語に由来する。参加してくれた協力者たちもみんな同じ感覚だと気づいたよ」。スタッフやキャストの努力や個性をいかにリアルタイムで編成して素材を生み出すか、その素材を用いて撮影後に実際の映画を作っていく過程の困難さに圧倒されたが、とてもエキサイティングだったとリンチ監督は語っている。当初は監督と兼任してダイナーの店主ジョーを演じることになっていたが、監督業に集中すべきだと判断したリンチ監督は、その役をバリー・シャバカ・ヘンリーに任せることにした。「バリー以外に考える必要もなかった。この町に私たちの住む世界を投影したかった。そこでは我々みんなが肩を寄せ合って生きている。私にとって重要だったのは、あらゆる色合いの役者たちを劇中で際立たせることだ」。
■トータル18日間、ハリー・ディーン・スタントンを気遣う撮影
スタントンが高齢のため、この企画はすべてがスピーディーに運ぶように気を配られた。撮影はロサンゼルスに住むスタントンを気遣い、ロサンゼルス北部にある荒野で行われた。その後、終盤の1日をアリゾナ州ケーブ・クリークで撮影し、荒野のショットや巨大サボテン弁慶柱を映像に収めた 。トータル18日の撮影だった。週5日の撮影で、なるべく週数が少なくなるようスケジュールを組み、ハリ ー・ディーンのエネルギーを温存するよう心がけた。荒野を歩くシークエンスの繰り返しで、スタントンは38度の炎天下を5キロ歩き、「持てるものすべてを我々にくれた」とリンチ監督を驚嘆させた。
配信開始日:2018年12月05日
『ラッキー』の作品動画を一覧にまとめてご紹介!
ラッキー
字幕
440 pt
神など信じずに生きてきた90歳のラッキーは、今日もひとりで住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。ヨガを5ポーズ、21回こなしたあと、テンガロンハットをかぶり、行きつけのダイナーにでかけることを日課としている。店主のジョーと無駄話をかわし、ウェイトレスのロレッタが注いでくれたミルクと砂糖多めのコーヒーを飲みながら新聞のクロスワード・パズルを解くのがラッキーのお決まりだ。そして帰り道、理由は分からないが、植物が咲き乱れる有るの場所の前を通る際に決まって「クソ女め」とつぶやくことも忘れない。
ある日、居間でクイズ番組を観ながらクロスワードの続きをしていると、「現実主義」という名詞の意味に突き当たる。現実主義を地で行くラッキーは、「現実主義は物なのか」と深く納得する。その夜、通い慣れているバー「エレインの店」でブラッディ・マリアを飲み、馴染み客たちに「現実主義」の意味について説いていると、友人のハワードが浮かない顔でやってくる。大切にしていた100歳のリクガメのルーズベルトが逃げてしまったという。大統領の名前をつけたリクガメを親友として慕っていたハワードをラッキーはなぐさめる。
ある朝、突然気を失ったラッキーは、街の病院で検査を受ける。しかしどこにも異常は見つからず、医師から「年齢の割にすこぶる健康だ。むしろ害になりそうだから禁煙は勧めない」と告げられる。ラッキーが倒れたことを知ったウェイトレスのロレッタが、心配して家までやってきた。無邪気に彼の海軍時代のエピソードや結婚について質問してくるロレッタ。そんな彼女に対し、人生の終わりが近づいていることを思い知らされたラッキーは「怖いんだ」と弱音を吐く。
いつも牛乳とタバコを買うドラッグストアでメキシコ系の店番ビビから「土曜日に息子の誕生日パーティーがあるから来て」と誘われる。気のないそぶりをみせるラッキーだが、家に帰ると、ふとした拍子に子供時代に撃ってしまったマネシツグミのことを思い出し、胸がはりさけるような気持ちを覚える。
「エレインの店」に行くと、ハワードが弁護士のボビーとともにやってくる。親友を失ったショックから「財産はすべてルーズベルトに遺したい」と言うハワードを「人はみな生まれる時も死ぬ時も1人だ。“独り”(アローン)の語源は“みんな 1人”(オール・ワン)なんだ」と励まし、ボビーを「カメに遺産相続をさせる詐欺」と罵る。数日後、ダイナーでラッキーに出くわしたボビーは、自分の娘が交通事故に遭いそうになったことをきっかけに「予測できない将来のためにこの仕事をやっている」と話し、ラッキーに遺言を書くよう勧める。
あるとき、ラッキーはダイナーで退役海兵隊員のフレッドと出会う。海軍の戦車揚陸艦に乗っていたことを明かすと、フレッドは沖縄での壮絶な闘いの模様を語り始める。戦禍で微笑んだ日本人の少女のことをフレッドは「彼女の勇気こそ叙勲に値する」と賞賛する。
結局、ロレッタの家のパーティーに出かけることにしたラッキーは、子供たちを前に、大好きなマリアッチを披露し、拍手喝采を浴びる。「エレインの店」に行くと、ハワードが吹っ切れた表情をしている。「ルーズベルトを捜すのはやめた」というハワードを讃え乾杯し、煙草を吸おうとするラッキー。しかしエレインが、かつてラッキーが禁煙のルールを破り出入禁止になったバー「イヴの園」のことを持ち出し、ラッキーは激昂する。「真実は自分が何者で、何をするかであり、それに向き合い受け入れること。管理者などいない。そこにあるのは無だけだ」とここ数日で頭のなかに浮かんでいた思いを吐露するラッキー。そして「無ならどうする?」と問われ「微笑むのさ」とつぶやき微笑むと、禁じられたタバコにおもむろに火を付け、店を出ていった。
作品のあらすじやキャスト・スタッフに関する情報をご紹介!
エド・ベグリー・Jr
バリー・シャバカ・ヘンリー
ジェームズ・ダーレン
イヴォンヌ・ハフ・リー
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