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本編

関東無宿

関東無宿

  • 92分 
  • 3日間 330 pt 〜

汚い浮流物がおびただしく流れる隅田川の水面に、一枚の破れた新聞が浮んでいた。その新聞の片隅には「やくざの出入り、親分射殺さる」という小さな見出しがあった。おそらく誰もが見逃すであろうこの小さな事件の裏には、二人の男の短い生涯が秘められていた――。 じりじリと縄張りを失なっていく伊豆組の幹部鶴田光雄は、組の態勢を挽回すべく、親分の伊豆壮太を励まし、しきりに画策に飛びまわっていたが、何かにつけ荘太とは意見が喰い違い、二人の間には目立たないが深いみぞが生じていくのだった。 鶴田は賭博や縄張り争いに明け暮れるやくざの幹部にはおよそ不似合な知的な雰囲気を身のまわりに置いている男であった。彼の仕事には恐ろしいほどの頭の冴えが感じられ、それが鶴田の印象を冷たい非情な男としているようであった。伊豆荘太も自分の乾分でありながら鶴田と事々に反目し合うのも案外、彼の持つこうした油断のならない冷たさにあったかも知れない。 賭場から帰った鶴田が伊豆の応接間に入っていったとき伊豆はいつになく上気嫌で鶴田を迎えた。土建の請負仕事の権利を選挙のとき援けた大山からもらうのだという。この話を聞いたとき鶴田は、伊豆組のライバルである吉田大竜もまたこの権利を狙っている筈だと思った。 この権利をめぐってやがて伊豆と吉田は血みどろの争いを繰りひろげることになるだろう。鶴田は自分とは無関係な事を眺める思いで、荘太の気炎を聞き流しながら、黙ってビールを飲んだ。伊豆組がここまで追いこまれたのは結局吉田一家の台頭であった。吉田の乾分達がかっては伊豆組の縄張りであった賭場を仕切っていた。 吉田組の乾分、通称ダイヤモンドの冬は、ある日刺青師の家からの帰途花子という女子学生に遇った。彼は花子にせがまれるままに喘明不内して廻ったが、その日以来冬は花子の姿が忘れられぬものとなった。 ダイヤモンドの冬は姉の辰子と暮していたが、突然花子が姿をしたので狂気のように彼女の行方を追った。花子はそのころ伊豆組の乾分鉄にだまされ、売り飛ばされていたのだ。 このことを知った伊豆荘太は吉田組の復讐を怖れ、鶴田に鉄と花子を探し出すように命じた。 鉄と花子を探し歩いてある賭場へ入った鶴田は、そこで彼にとっては忘れることのできない女を見出した。女は三年前イカサマ博打をやって見破られた女のはずである。そのときの哀しげな彼女の表情を鶴田ははっきりと憶えていた。 この女がダイヤモンドの冬の姉の辰子であった。辰子は鶴田に見られているとも知らず、”おかる八"と呼ばれるイカサマ博打師と組み、客から金を捲き上げていた。鶴田はそっと賭場を立ち去った。 鉄と花子を探しあぐね、思いあまってダイヤモンドの冬の家を訪ねた鶴田は冬のかわりに出てきた底子を見て驚いた。「会いたかった」と鶴田に抱きしめられた辰子はしばらく放心したような眼を見開いていたが、やがて目を閉じると鶴田の胸に顔をうずめていった――。 鶴田は辰子の男がイカサマ博打師の”おかる八”だと知ったとき、突然彼と二人だけで勝負をしたいと思った。なぜ自分が”おかる八"に勝負を挑まなければならないのか自分にもはっきりしたものはなかった。ただ俺はあの男と神技に近い指の捌きを見せる辰子の男といずれはサシで斗うことになるだろうと思った。 ダイヤモンドの冬は、花子を失なって以来、何物かに憑かれたように、連日連夜賭博にふけっていた。そんな弟の有様を見て心配した姉の辰子は、鶴田と会っては相談にのってもらうようになった。こうした二人の間にはもはや伊豆組、吉田組というやくざどおしのもつれはなかった。ただあるものは二人の間に突きあげてくる慕情であった。 ――突然鉄がダイヤモンドの冬に刺されたという知らせを受けた鶴田が伊豆荘太の家へ駆けつけたとき、伊豆は鶴田が無能だから吉田の干渉を受け、土建の仕事もフイになったと責めたてた。何事かを決意した鶴田はそのまま賭場へとって返した。配られる札に鶴田が全神経を集中させているとき、突如数人の暴漢が闖入し、鶴田を取り囲んだ。吉田の刺客か?鶴田は相手の白刃を奪うや、二人を一瞬にして切って捨てた。その頃、ダイヤモン度の冬もまた吉田の命令で伊豆を短刀(ドス)で貫いていた。 やくざの黒い掟に押し流され、人を殺す破目になった二人の男は結局世間から抹殺される運命にあった。

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