大河ドラマ 徳川慶喜

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大河ドラマ 徳川慶喜

260年余り続いた江戸幕府、最後の将軍・徳川慶喜(よしのぶ)を通して、日本史上最大の動乱期である幕末を、幕府側から描いた作品です。文化庁裁定申請中(2019年3月15日申請)

『大河ドラマ 徳川慶喜』の動画一覧

本編

第 1回 母の不在

  • 58分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

徳川慶喜(よしのぶ)、幼名・七郎麿(しちろうまろ)は、天保8年(1837)、水戸9代藩主・斉昭(なりあき)の七男として江戸・水戸藩邸で生まれますが、生後まもなく水戸へ移されて実母の顔を知らないまま育てられます。天保15年(1844)、父・斉昭は藩政改革を進めますが幕府から隠居謹慎処分を受け、長男・慶篤(よしあつ)が10代藩主となります。知らせを聞いた実母の吉子は、七郎麿を不憫(ふびん)に思います。

第 2回 新しい母

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

斉昭が謹慎する水戸藩では、幕府寄りの保守派が要職を占め、藩政改革は頓挫します。一方、江戸では御三卿の一つ、一橋家の世継ぎ問題が起きていました。斉昭は12代将軍・家慶(いえよし)から、七郎麿(しちろうまろ)の一橋家への養子入りを条件に謹慎を解くと言われて、受け入れます。七郎麿は一橋家の養子となり、将軍・家慶から慶喜の名を賜りました。慶喜は、一橋家でわずか7歳違いの義母となる直子(つねこ)に会います。

第 3回 黒船が来た

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

嘉永5年(1852)、慶喜は元服の儀式を無事に終えました。立派に成人した姿に義母の直子(つねこ)は心から喜びますが、慶喜の世話係・松島が母親のように世話を焼く様子を見て、はがゆい思いでした。翌年、ペリーが艦隊で浦賀沖に現れます。老中から警備用の火事装束で待機を命じられた慶喜は外国が攻めてきたとして甲冑で武装します。ある日、慶喜が家臣から黒船の報告を受けていると、将軍・家慶急死の知らせが届きます。

第 4回 将軍候補

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

嘉永6年(1853)6月、12代将軍・家慶の死は公表されませんでした。世継ぎの家定は病弱で、この難局を乗り切れそうになく、幕府内には慶喜を次期将軍に推す動きもあります。ある日、隠れて江戸の町に出た慶喜は、町火消しの女房・れんに出会います。一方、父・斉昭は懐刀の藤田東湖らを一橋家に向かわせ将軍継嗣を説得しますが慶喜は拒み続けます。秋、13代将軍に家定が就き、翌年、ペリーが再び浦賀に現われました。

第 5回 日米和親条約

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

嘉永7年(1854)、ペリーは再び艦隊で浦賀沖に現れ、幕府の制止を聞かず江戸湾に入ります。幕府の弱腰外交に憤る慶喜は甲冑で身を固めますが、幕府はペリーに押し切られ日米和親条約に合意します。ある日、慶喜は町火消しの新門辰五郎(たつごろう)とその女房・れんの家を訪れます。父・斉昭が慶喜の人生勉強のため、辰五郎に指導を頼んでいました。慶喜と側近の新三郎は辰五郎の家で、一人の女性と運命的な出会いをします。

第 6回 安政の大地震

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

慶喜は、町火消しの辰五郎(たつごろう)の娘・およし、新門一家の纏(まとい)持ちのガンツムをはじめ町民や浪人と親交を深めますが、側近の新三郎は旗本に囲われているみよに心を奪われます。ある日、慶喜は辰五郎に案内された料亭で、実母・吉子の側用人の永原帯刀(たてわき)を見かけます。普段からは想像もできない世慣れた遊び人風で、別人のようでした。安政2年(1855)10月2日、大地震が江戸を襲いました。

第 7回 公家の花嫁

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

安政2年(1855)10月2日の江戸大地震で、慶喜の一橋家では大きな被害はありませんでしたが、水戸藩上屋敷では側近の藤田東湖と戸田忠敞(ただあきら)が死に、斉昭は深い悲しみに包まれます。さらに、親斉昭派の阿部正弘が開国派の堀田正睦(まさよし)に主席老中の座を譲ったため、斉昭は試練に立たされます。安政2年(1855)12月、慶喜と京の公家、一条家の娘・美賀(みか)との婚礼の儀が行われました。

第 8回 新婚生活

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

婚礼の後、参議になった慶喜は城内の控え室で、福井藩主・松平慶永(よしなが)から期待の言葉をかけられます。一方、義母の直子(つねこ)と正室の美賀(みか)はともに京の公家出身のため、御所言葉で親しく語っていました。そのころ、新三郎と、旗本に囲われているみよとのうわさが広まったため、慶喜は新三郎と水戸藩士の娘・たみを結婚させて事の収拾を計ります。慶喜と新三郎はそれぞれ新婚生活を送りながら新年を迎えます。

第 9回 恋の闇路

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

新三郎は、みよを囲う旗本・早川と争い、斬り殺してしまいます。切腹しようとする新三郎を、新門一家のガンツムが止めて、2人を連れ帰ります。辰五郎(たつごうろう)とれんは、新三郎とみよを生麦村の旅籠(はたご)にかくまいます。そのころ、美賀(みか)の懐妊を喜ぶ慶喜に、新三郎が起こした事件の一報が届きます。また、慶喜は兄・慶篤(よしあつ)から、父・斉昭が幕政へ口を出すことについて意見するように言われます。

第10回 抗争のはじまり

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

水戸藩の内部争いが続く中、斉昭と慶篤の毒殺未遂が起きます。知らせを聞いた慶喜は父と兄を見舞いますが、2人の確執は深まっていました。また、この件は斉昭の姉・清子の嫁ぎ先である、京の関白・鷹司(たかつかさ)政通にも伝わります。斉昭は政通に将軍継嗣の件で、慶喜推挙についての朝廷の口添えを頼んでいました。ある日、慶喜の側近・倉石左衛門は、新三郎が斬り殺した旗本・早川の弟らに同行を強要されます。

第11回 台風の目

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

新門辰五郎(たつごろう)が慶喜を訪れ、新三郎とみよを逃がしたことを告げ、腹を切ってわびようとします。一方、下田では、米・日本領事のハリスとの日米交渉が進む中、鎖国令を破ることを恐れた幕府は決断できずにいました。慶喜は、新三郎の探索を命じた側近・倉石左衛門が大川に浮いていたとの知らせを聞き、涙を流します。時代が動く中、13代将軍・家定のもとに、薩摩・島津家から篤(あつ)君が輿(こし)入れします。

第12回 日米通商条約

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

安政4年(1857)7月、米軍艦が下田に来航しました。江戸湾への進入を恐れた幕府は日本領事・ハリスの江戸出府を許します。斉昭は朝廷を通じて日米交渉をけん制しますが、ハリスは将軍・家定へ拝謁し、日米修好通商条約の交渉が始まりました。ある日、慶喜は老中・堀田正睦(まさよし)から、斉昭が幕府へ提出した過激な内容の建白書を見せられます。翌年、彦根藩主・井伊直弼(なおすけ)が大老に就任しました。

第13回 幕府の権威

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

江戸を逃れて2年、新三郎と出産が近いみよは生麦村で暮らしていました。江戸城では、大老に就いた井伊直弼(なおすけ)が老中たちに徳川宗家の威信を守り、幕府の権威を示すと所信を述べ、事態を収拾するため強引な手段に出ます。将軍継嗣では紀州家の慶福(よしとみ)を推し、さらに、清国を屈服させた英・仏の次の狙いが日本だと言うハリス情報から、米との条約が有利と判断し、勅許を得ずに日米修好通商条約に調印します。

第14回 押しかけ登城

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

安政5年(1858)6月、日米修好通商条約が締結されます。慶喜は勅許のない条約調印を責めますが、井伊は自分の責任を認めながらも動じずに、慶喜に紀伊・慶福(よしとみ)の将軍継嗣を認めさせます。さらに、斉昭、慶篤(よしあつ)、松平春嶽(しゅんがく)らも登城日でないにも関わらず押しかけて井伊を糾弾します。この状況で、将軍・家定が急死。井伊は、この機を逃さず、規程外の登城を口実に斉昭らに処分を下します。

第15回 密勅

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

安政5年(1858)夏、慶喜は登城停止の処分を受けますが、正室の美賀(みか)が身ごもり平穏な日々を過ごします。一方、大老・井伊直弼は朝廷や水戸の斉昭、薩摩の島津斉彬(なりあきら)ら条約反対派の動きを警戒します。京では、井伊への不満を募らせる孝明天皇は斉昭や斉彬を頼りにしていましたが、斉彬が急死します。知らせを聞いた朝廷は、水戸藩に勅命を下しますが、それは幕府の正式な手続きを経ていませんでした。

第16回 大獄のはじまり

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

慶喜は謹慎中で身を持て余して、新門辰五郎(たつごろう)を訪ねます。みんなで酒を楽しむうち、実母・吉子の側(そば)用人・永原帯刀(たてわき)が、江戸で一番人気の戯作(げさく)者・恋思川(こいしかわ)永春であることを告白し、全員を驚かせます。一方、井伊直弼は幕府にも届いた密勅に関白の署名が無いことから、攘夷(じょうい)派や斉昭らの謀略と判断して、反幕府派を弾圧します。「安政の大獄」の始まりです。

第17回 安政の大獄

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

慶喜は駆け落ちした新三郎とみよの所在を知ると、側近の平岡を生麦に向わせ、江戸へ戻るよう説得させますが、新三郎とみよは再び姿を消してしまいます。一方、大老・井伊直弼は反幕府派に対する弾圧を強めます。京都で攘夷(じょうい)派の捕縛を始め、江戸では水戸の斉昭に加担する条約反対派を捕らえます。そして、井伊が推す紀州の徳川慶福(よしとみ)が14代将軍となり、家茂(いえもち)と名を改めます。

第18回 桜田門外の変

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

安政6年(1859)、大老・井伊直弼は、弾圧の激しさを増します。水戸では斉昭派の藩士を捕縛し、京でも太閤(たいこう)や左大臣をはじめとする公家らを辞めさせたり、謹慎処分にします。夏になると、斉昭を水戸に生涯幽閉して、慶喜を隠居謹慎にします。さらに、水戸藩に密勅を返還させるよう朝廷に圧力をかけます。安政7年(1860)3月、江戸城桜田門外で水戸の脱藩浪士たちが、登城する井伊の行列を襲います。

第19回 父の死

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

大老・井伊直弼の暗殺は幕府に大きな衝撃を与えます。慶喜は政敵の死を悼みますが、直子(つねこ)と美賀(みか)は、隠居謹慎中の慶喜が改めて当主になることに期待します。井伊を失った幕府には国の道筋を見極める人物もいないため、幕閣は井伊の政策であった皇女・和宮(かずのみや)の将軍・家茂(いえもち)への降嫁を進めます。井伊の死から約半年、病床の父・斉昭が眠るように息を引き取りました。

第20回 慶喜変身

  • 42分 NHK見放題
  • 3日間 220 pt 〜

慶喜は父・斉昭の死で深い悲しみに襲われます。水戸では実母の吉子が斉昭の遺言に従い、側(そば)用人・水原に、藩や幕府、一橋家の情勢を調べさせます。水戸も幕閣も束ねる者がなく混乱する中、慶喜は日本が道しるべを失ったことに大きな不安を覚えます。そして、7歳上の義母・直子(つねこ)との仲を誤解した正室の美賀(みか)に日本の現況を話し、困難な時代を生き抜くため何が起きても信じてついてくるよう諭します。

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[お試し] 第 1回 母の不在
  • 1分 
  • 無料

徳川慶喜(よしのぶ)、幼名・七郎麿(しちろうまろ)は、天保8年(1837)、水戸9代藩主・斉昭(なりあき)の七男として江戸・水戸藩邸で生まれますが、生後まもなく水戸へ移されて実母の顔を知らないまま育てられます。天保15年(1844)、父・斉昭は藩政改革を進めますが幕府から隠居謹慎処分を受け、長男・慶篤(よしあつ)が10代藩主となります。知らせを聞いた実母の吉子は、七郎麿を不憫(ふびん)に思います。
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斉昭が謹慎する水戸藩では、幕府寄りの保守派が要職を占め、藩政改革は頓挫します。一方、江戸では御三卿の一つ、一橋家の世継ぎ問題が起きていました。斉昭は12代将軍・家慶(いえよし)から、七郎麿(しちろうまろ)の一橋家への養子入りを条件に謹慎を解くと言われて、受け入れます。七郎麿は一橋家の養子となり、将軍・家慶から慶喜の名を賜りました。慶喜は、一橋家でわずか7歳違いの義母となる直子(つねこ)に会います。
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嘉永5年(1852)、慶喜は元服の儀式を無事に終えました。立派に成人した姿に義母の直子(つねこ)は心から喜びますが、慶喜の世話係・松島が母親のように世話を焼く様子を見て、はがゆい思いでした。翌年、ペリーが艦隊で浦賀沖に現れます。老中から警備用の火事装束で待機を命じられた慶喜は外国が攻めてきたとして甲冑で武装します。ある日、慶喜が家臣から黒船の報告を受けていると、将軍・家慶急死の知らせが届きます。
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[お試し] 第 4回 将軍候補
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嘉永6年(1853)6月、12代将軍・家慶の死は公表されませんでした。世継ぎの家定は病弱で、この難局を乗り切れそうになく、幕府内には慶喜を次期将軍に推す動きもあります。ある日、隠れて江戸の町に出た慶喜は、町火消しの女房・れんに出会います。一方、父・斉昭は懐刀の藤田東湖らを一橋家に向かわせ将軍継嗣を説得しますが慶喜は拒み続けます。秋、13代将軍に家定が就き、翌年、ペリーが再び浦賀に現われました。
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[お試し] 第 5回 日米和親条約
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嘉永7年(1854)、ペリーは再び艦隊で浦賀沖に現れ、幕府の制止を聞かず江戸湾に入ります。幕府の弱腰外交に憤る慶喜は甲冑で身を固めますが、幕府はペリーに押し切られ日米和親条約に合意します。ある日、慶喜は町火消しの新門辰五郎(たつごろう)とその女房・れんの家を訪れます。父・斉昭が慶喜の人生勉強のため、辰五郎に指導を頼んでいました。慶喜と側近の新三郎は辰五郎の家で、一人の女性と運命的な出会いをします。
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[お試し] 第 6回 安政の大地震
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慶喜は、町火消しの辰五郎(たつごろう)の娘・およし、新門一家の纏(まとい)持ちのガンツムをはじめ町民や浪人と親交を深めますが、側近の新三郎は旗本に囲われているみよに心を奪われます。ある日、慶喜は辰五郎に案内された料亭で、実母・吉子の側用人の永原帯刀(たてわき)を見かけます。普段からは想像もできない世慣れた遊び人風で、別人のようでした。安政2年(1855)10月2日、大地震が江戸を襲いました。
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安政2年(1855)10月2日の江戸大地震で、慶喜の一橋家では大きな被害はありませんでしたが、水戸藩上屋敷では側近の藤田東湖と戸田忠敞(ただあきら)が死に、斉昭は深い悲しみに包まれます。さらに、親斉昭派の阿部正弘が開国派の堀田正睦(まさよし)に主席老中の座を譲ったため、斉昭は試練に立たされます。安政2年(1855)12月、慶喜と京の公家、一条家の娘・美賀(みか)との婚礼の儀が行われました。
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婚礼の後、参議になった慶喜は城内の控え室で、福井藩主・松平慶永(よしなが)から期待の言葉をかけられます。一方、義母の直子(つねこ)と正室の美賀(みか)はともに京の公家出身のため、御所言葉で親しく語っていました。そのころ、新三郎と、旗本に囲われているみよとのうわさが広まったため、慶喜は新三郎と水戸藩士の娘・たみを結婚させて事の収拾を計ります。慶喜と新三郎はそれぞれ新婚生活を送りながら新年を迎えます。
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[お試し] 第 9回 恋の闇路
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新三郎は、みよを囲う旗本・早川と争い、斬り殺してしまいます。切腹しようとする新三郎を、新門一家のガンツムが止めて、2人を連れ帰ります。辰五郎(たつごうろう)とれんは、新三郎とみよを生麦村の旅籠(はたご)にかくまいます。そのころ、美賀(みか)の懐妊を喜ぶ慶喜に、新三郎が起こした事件の一報が届きます。また、慶喜は兄・慶篤(よしあつ)から、父・斉昭が幕政へ口を出すことについて意見するように言われます。
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水戸藩の内部争いが続く中、斉昭と慶篤の毒殺未遂が起きます。知らせを聞いた慶喜は父と兄を見舞いますが、2人の確執は深まっていました。また、この件は斉昭の姉・清子の嫁ぎ先である、京の関白・鷹司(たかつかさ)政通にも伝わります。斉昭は政通に将軍継嗣の件で、慶喜推挙についての朝廷の口添えを頼んでいました。ある日、慶喜の側近・倉石左衛門は、新三郎が斬り殺した旗本・早川の弟らに同行を強要されます。
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新門辰五郎(たつごろう)が慶喜を訪れ、新三郎とみよを逃がしたことを告げ、腹を切ってわびようとします。一方、下田では、米・日本領事のハリスとの日米交渉が進む中、鎖国令を破ることを恐れた幕府は決断できずにいました。慶喜は、新三郎の探索を命じた側近・倉石左衛門が大川に浮いていたとの知らせを聞き、涙を流します。時代が動く中、13代将軍・家定のもとに、薩摩・島津家から篤(あつ)君が輿(こし)入れします。
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安政4年(1857)7月、米軍艦が下田に来航しました。江戸湾への進入を恐れた幕府は日本領事・ハリスの江戸出府を許します。斉昭は朝廷を通じて日米交渉をけん制しますが、ハリスは将軍・家定へ拝謁し、日米修好通商条約の交渉が始まりました。ある日、慶喜は老中・堀田正睦(まさよし)から、斉昭が幕府へ提出した過激な内容の建白書を見せられます。翌年、彦根藩主・井伊直弼(なおすけ)が大老に就任しました。
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江戸を逃れて2年、新三郎と出産が近いみよは生麦村で暮らしていました。江戸城では、大老に就いた井伊直弼(なおすけ)が老中たちに徳川宗家の威信を守り、幕府の権威を示すと所信を述べ、事態を収拾するため強引な手段に出ます。将軍継嗣では紀州家の慶福(よしとみ)を推し、さらに、清国を屈服させた英・仏の次の狙いが日本だと言うハリス情報から、米との条約が有利と判断し、勅許を得ずに日米修好通商条約に調印します。
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安政5年(1858)6月、日米修好通商条約が締結されます。慶喜は勅許のない条約調印を責めますが、井伊は自分の責任を認めながらも動じずに、慶喜に紀伊・慶福(よしとみ)の将軍継嗣を認めさせます。さらに、斉昭、慶篤(よしあつ)、松平春嶽(しゅんがく)らも登城日でないにも関わらず押しかけて井伊を糾弾します。この状況で、将軍・家定が急死。井伊は、この機を逃さず、規程外の登城を口実に斉昭らに処分を下します。
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安政5年(1858)夏、慶喜は登城停止の処分を受けますが、正室の美賀(みか)が身ごもり平穏な日々を過ごします。一方、大老・井伊直弼は朝廷や水戸の斉昭、薩摩の島津斉彬(なりあきら)ら条約反対派の動きを警戒します。京では、井伊への不満を募らせる孝明天皇は斉昭や斉彬を頼りにしていましたが、斉彬が急死します。知らせを聞いた朝廷は、水戸藩に勅命を下しますが、それは幕府の正式な手続きを経ていませんでした。
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慶喜は謹慎中で身を持て余して、新門辰五郎(たつごろう)を訪ねます。みんなで酒を楽しむうち、実母・吉子の側(そば)用人・永原帯刀(たてわき)が、江戸で一番人気の戯作(げさく)者・恋思川(こいしかわ)永春であることを告白し、全員を驚かせます。一方、井伊直弼は幕府にも届いた密勅に関白の署名が無いことから、攘夷(じょうい)派や斉昭らの謀略と判断して、反幕府派を弾圧します。「安政の大獄」の始まりです。
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慶喜は駆け落ちした新三郎とみよの所在を知ると、側近の平岡を生麦に向わせ、江戸へ戻るよう説得させますが、新三郎とみよは再び姿を消してしまいます。一方、大老・井伊直弼は反幕府派に対する弾圧を強めます。京都で攘夷(じょうい)派の捕縛を始め、江戸では水戸の斉昭に加担する条約反対派を捕らえます。そして、井伊が推す紀州の徳川慶福(よしとみ)が14代将軍となり、家茂(いえもち)と名を改めます。
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安政6年(1859)、大老・井伊直弼は、弾圧の激しさを増します。水戸では斉昭派の藩士を捕縛し、京でも太閤(たいこう)や左大臣をはじめとする公家らを辞めさせたり、謹慎処分にします。夏になると、斉昭を水戸に生涯幽閉して、慶喜を隠居謹慎にします。さらに、水戸藩に密勅を返還させるよう朝廷に圧力をかけます。安政7年(1860)3月、江戸城桜田門外で水戸の脱藩浪士たちが、登城する井伊の行列を襲います。
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大老・井伊直弼の暗殺は幕府に大きな衝撃を与えます。慶喜は政敵の死を悼みますが、直子(つねこ)と美賀(みか)は、隠居謹慎中の慶喜が改めて当主になることに期待します。井伊を失った幕府には国の道筋を見極める人物もいないため、幕閣は井伊の政策であった皇女・和宮(かずのみや)の将軍・家茂(いえもち)への降嫁を進めます。井伊の死から約半年、病床の父・斉昭が眠るように息を引き取りました。
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慶喜は父・斉昭の死で深い悲しみに襲われます。水戸では実母の吉子が斉昭の遺言に従い、側(そば)用人・水原に、藩や幕府、一橋家の情勢を調べさせます。水戸も幕閣も束ねる者がなく混乱する中、慶喜は日本が道しるべを失ったことに大きな不安を覚えます。そして、7歳上の義母・直子(つねこ)との仲を誤解した正室の美賀(みか)に日本の現況を話し、困難な時代を生き抜くため何が起きても信じてついてくるよう諭します。

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