「映像の世紀バタフライエフェクト」の「[お試し] レンズの向こうの戦争 ジャーナリスト 沈黙との闘い」をフル動画で配信中!
ジャーナリストによる本格的な戦場取材が始まったのはスペイン内戦、ヘミングウェイもジャーナリストとして身を投じ、写真家キャパは「崩れ落ちる兵士」を発表、世界を震撼させた。日中戦争では、新聞各社は特派員を送り込んだが、多くの写真が公開不許可となった。米軍の従軍カメラマンが撮影した原爆投下直後の長崎の写真は、43年後初めて公開され、その一枚「焼き場に立つ少年」は、今も80年前の悲劇の記憶を語り続ける。
『映像の世紀バタフライエフェクト』の動画一覧
本編
20世紀、紫禁城から歴代王朝が蓄えてきた膨大な財宝が流出した。国宝級の名画「清明上河図」など1200点以上の書画を密かに持ち出したのは、最後の皇帝・溥儀だった。日本の傀儡国家・満州国の皇帝となり、終戦後はソ連に抑留、中国に戻され共産党の思想改造を受けた溥儀は、頼る相手を次々と変え、財宝を切り売りして生き延びた。権力に利用され続け、皇帝から一市民になるという数奇な生涯を送った男の流転と孤独の物語。
イギリスの密貿易によりアヘン大国となった中国から世界に広がった麻薬。アメリカでは黒人や共産主義者が麻薬捜査の標的として狙われ、第二次世界大戦では兵士の戦闘力強化に覚醒剤が使われた。ベトナム戦争では戦場の現実から逃れようとアメリカ兵たちはマリファナに溺れた。1980年代、南米に麻薬王が登場し、反米感情と結びつき血塗られた麻薬戦争を引き起こす。人間の欲望と富を飲み込み膨れ上がってきた怪物の百年の記録。
独ソ戦の最大の激戦地スターリングラードの地獄からドイツ軍医が家族に送った「塹壕のマドンナ」と呼ばれる一枚の絵が、戦争の記憶を語り継ぐためにベルリンの教会に飾られている。この戦いでドイツ軍は大敗を喫し、第二次世界大戦は転機を迎えた。数百万のソ連軍は復讐の鬼と化し、ドイツ軍はソ連軍の追撃を遅らせるため街を破壊しながら敗走する。市民は疎開を禁じられ、防衛のため動員された。
独裁者ヒトラーは、膨大な映像が残る一方で、自らを神格化するために私的な姿をほとんど撮影させなかった。謎多きヒトラーの素顔をあぶり出す唯一の鍵は、愛人エヴァ・ブラウンが撮影した4時間の16ミリフィルム。ヒトラーが信頼する人物との私的な交流が捉えられている。フィルムの登場人物を特定するためにナチ関連映像120時間分をAIに読み込ませた。アーカイブ映像とAIの組み合わせで、埋もれていた真実を探る試み。
歴代アメリカ大統領45人のうち20人がその命を狙われている。絶大な権力を持ち、時に憎しみが向けられる大統領をシークレットサービスは24時間守り続けてきた。しかしその献身的な仕事が認められることはほとんどなかった。スポットが当たるのは、失敗した時だけだった。ケネディを守れなかった男の痛恨。身代わりに銃弾を受け、レーガンの命を救った男の矜持。報われることが少なかった、名もなき人々の闘いの記録である。
アウシュビッツで生と死を分けたものは何だったのか。解放後、体験記を記したイタリア人プリーモ・レーヴィは祖国の詩人ダンテの言葉を支えにした。15歳の少女ディタ・クラウスは恐怖の中で花の絵を描き続けた。指揮者カレル・アンチェルは収容所でオーケストラを結成し音楽に光を見いだした。エヴァ・コーは双子の妹と支え合い、人体実験の材料にされたが生きることをあきらめなかった。生還者が地獄の中で見つけた希望の物語。
「ビートルズはキリストよりも人気がある」。1966年ジョン・レノンの発言を機にビートルズボイコット運動の震源地となったのが、聖書の教えを固く信じる「キリスト教福音派」が多く住む南部バイブルベルトだった。人種差別撤廃、女性解放などに異を唱え、かつては時代の潮流から取り残された存在と見なされていた福音派は、今や1億人近くまで信者を増やし、共和党の岩盤支持層となった。“神の国”アメリカのもうひとつの顔。
ドイツの難攻不落の暗号エニグマを解読したチューリング、原爆開発に参加し、「人間のふりをした悪魔」と呼ばれたフォン・ノイマン。AIの未来を切り開いた科学者の記録。 許諾が得られなかったため、一部映像と音声を編集して配信します。
世界初の原爆実験が行われたニューメキシコの砂漠にあるトリニティ・サイトには今も多くの人が訪れる。その4年後ソ連が核開発に成功、密かに設計図をもたらしたのはマンハッタン計画に参加した科学者だった。その後も核保有国は増え続け、軍需企業は巨額の利益を上げていく。2006年には北朝鮮が核保有を認めた。ソ連崩壊後に仕事を失ったウクライナの科学者をスカウトしたといわれる。2回シリーズで核の80年を振り返る。
2025年、アメリカの科学雑誌が発表した「終末時計」は、過去最短の残り89秒を示した。時計の針を押し止めようとする力となった2人の少女がいた。広島で被爆した佐々木禎子と中村節子。禎子は白血病を患い折り鶴に希望を託しながら12歳でこの世を去る。節子は生き埋めから奇跡的に生還、戦後カナダに移住し、原爆被害を生々しく伝え続けた。2人の願いは大きなうねりを起こし、21世紀、核兵器禁止条約成立へとつながる。
図らずもその後の世界を変えた大災害の記録。黒人大移動「グレートマイグレーション」を引き起こし、人種差別撤廃の契機となったミシシッピ川の大洪水、ラジオ放送開始につながった関東大震災、新国家バングラデシュを誕生させたボーラ・サイクロン、災害報道の倫理を問うた雲仙・普賢岳の火砕流災害、日本に冷夏で大凶作をもたらし、備蓄米制度導入に至ったピナツボ山の大噴火。巨大災害は社会の矛盾をあぶり出し、変革を促した。
2回シリーズで、日本の隣人、韓国・台湾の激動の歴史を伝える。戦後の韓国では17回にわたり戒厳令が出された。1960年にはイ・スンマン政権の打倒を掲げる学生らに警官隊が発砲、全国主要都市に戒厳令が出された。軍事クーデターで政権を掌握したパク・チョンヒは戒厳令を使って人々の思想と文化を弾圧した。1980年には、戒厳令下の光州で民主化を求める市民に軍が発砲。市民も銃を手に取り応戦し、多くの命が奪われた。
シリーズ「激動 アジアの隣人たち」、第2回は台湾。半世紀間の日本の支配を経て、第二次大戦後は中国大陸から渡ってきた国民党・蒋介石の統治を受けた台湾。蒋介石の政権は大陸への反撃を虎視眈々と狙うが、米中接近を機に、中国は国際社会で存在感を高め、台湾は、国連から追われた。しかしその後、経済発展を果たし、外交的な孤立を経済の力で克服し、国際的な地位を築くに至った。歴史の傷を力に変えた台湾の記憶をひもとく。
今回は1時間の拡大版。大移動の始まりは19世紀の西部開拓、カリフォルニアで金鉱が発見され一攫千金を夢みる人々が西へ向かった。1920年代には南部の黒人が差別から逃れ北部の工業都市へ移住を始め、1930年代には巨大な砂嵐に見舞われた中西部の人々がカリフォルニアへ向かった。そして戦後、ヒッピーの若者たちは西へ向かい、IT革命が芽吹いていく。人々の夢と絶望を飲み込みながら、アメリカは繁栄を築いていった。
昭和のはじめ、日本は不況に苦しんでいた。打破したのは、満州国建国だった。軍需と輸出の拡大とともに、失業率は改善、国民は戦争がもたらす好景気を実感する。中国との戦争に歓喜し、さらにアメリカとの戦争を求めていく。新聞も連日勇ましい記事で、国民をあおった。近衛文麿は、外交で対米戦争を避けそうと手を尽くすが挫折。後継となった東条英機も対米交渉を続けるが、国民の熱狂を抑えきれなくなり、ついに開戦を決断する。
激動の昭和をたどる3回シリーズ。2回目は戦後の焼け跡からの再出発。敗戦のどん底から立ち上がろうとする日本人に、希望と勇気を与えた敗れざる者たちの物語である。 許諾が得られなかったため、一部映像と音声を編集して配信します。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。犠牲になった人々は最後の声を残していた。ハイジャック機の乗客は猛スピードで降下していく機内で妻にメッセージを残した。燃え盛るビルに閉じ込められた女性は、母親への伝言をオペレーターに託した。唯一テロリストの目的を阻んだ4機目のハイジャック機には、テロリストに立ち向かう乗客たちの会話も記録されていた。残された音声でたどる、あの日の人々の愛と勇気の記録である。
ヒトラーの陰にはいつも彼を信じ支えた女性たちがいた。ヒトラーのファーストレディーの座を求め、ナチ理想の女性像を演じたゲッベルスの妻マクダ。ナチに興味がなかった夫ハイドリヒにナチの思想を吹き込み、ユダヤ人虐殺に駆り立てた妻リナ。ユダヤ人から奪った富で豪勢な生活を送ったゲーリングの妻エミー。一般女性たちに誇りを与え、言葉巧みに体制に取り込んだ女性指導者ショルツ=クリンク。もうひとつのナチドイツの物語。
ロシア革命を果たしたレーニンが掲げたのは、支配階級を崩壊させ、労働者と農民が権力を握るユートピアを建設することだった。世界恐慌が起こると、資本主義に失望した人々は次なる希望を社会主義に託した。第二次大戦でファシズムに勝利し、揺るぎない正義を得たソ連は、東欧に次々と社会主義国家を建設する。そしてソ連は、宇宙開発など科学技術でもアメリカを圧倒する。ユートピアは現実に近づいているかのように見えたが…。
1954年公開の第1作の『ゴジラ』の中で破壊されるのは、焼け跡から復興した銀座のランドマーク・和光の時計塔。時代は常にこの街を追いかけてきた。関東大震災から復興するとモダンガールが出現、日本の女性像を塗り替えた。敗戦で米軍に占領されると、アメリカ文化を吸収しエンターテインメントの発信地に姿を変える。夜になると、伝説のマダムが一人の男をめぐって火花を散らした。苦難を力に変えてきた唯一無二の街の百年。
PV
陸軍は中国大陸へ、海軍は太平洋へ、両者の対抗意識は対米関係の悪化を招き、日本が開戦に踏み切る要因ともなった。ガダルカナル島では連携不足が大量の戦死者を生み、台湾沖航空戦での海軍の誤った戦果報告が陸軍を破滅的な戦場へ導く。終戦をめぐる議論でも対立は続き、最後は天皇自ら決断するに至った。戦後、国家を破滅に導いた存在と見なされた軍は解体されたが、高度成長を迎えると元軍人達は企業社会に迎え入れられていく。
戦後最悪の被害となった伊勢湾台風で、テレビは気象庁から初めて中継を行い、迫る危険を直接伝えようとした。だが停電のため情報は人々に届かず、5000人以上が犠牲になった。1974年、東京の多摩川が決壊、川沿いの住宅が激流にのまれた。悲劇性を強調する報道姿勢は大きな批判を浴びる。2011年3月の原発事故。水素爆発の瞬間を捉えた地元テレビ局は、混乱を招く不安と報道の使命の間で葛藤しながら放送に踏み切った。
正体不明のがんの治療は手探りで進められてきた。手術では、時に患者の体が必要以上に切り取られ、放射線療法は新たながんを生み出すこともあった。化学療法は、実際に投与してみないと、効果も副作用もわからなかった。やがて、分子生物学の発展によってがんの正体が捉えられると、新たな薬や治療法が開発されていく。この30年で世界全体のがん死亡率は21%低下した。多くの人たちの犠牲の上に進んできたがんとの格闘の記録。
難民、亡命、脱獄、越境…。歴史の中で起きた自由を求める逃走は、しばしば世界の均衡を揺さぶった。脱出者たちの勇気と不屈の記録。逃げることで世界を変えた人々の物語。 ▼番組内容は制作・放送時点のものです。